チュムリアップ・スオ。こんにちは!
当店の売れ筋メニューの一つにクイティウという料理があります。豚骨のうま味が出た塩味のスープに、麺を入れて、鶏肉、エビ、ゆで卵トッピングしたものです。
さっぱりとした塩味、そしてこってりとした濃厚な豚骨のうま味、それらがマッチして織りなすスープは逸品です。
カンボジアでは朝食の定番で、カンボジアのスープ麺としても有名です。
しかし、当店にはもう一つ人気のスープ麵があります。それがノンバンチョックです。
ノンバンチョックとは?
クイティウが豚ベースのスープなら、ノンバンチョックは魚ベースのスープです。サバをはじめとした青魚で出汁(だし)をとり、そのまま具にしてしまいます。本場カンボジアでは川魚がよく使われます。カンボジアでは川魚の方がよくとれるからです。
さらにココナッツミルクとカンボジア定番の調味料であるプラホックとクルーンを入れます。
調味料のプラホックは、塩味の効いた発酵した魚のペースト調味料です。日本料理における、しょうゆや味噌と同じで、カンボジア料理の味付けには欠かせません。
クルーンはカンボジアのスパイスペーストです。レモングラスやしょうが、シナモン、ナツメグなどを混ぜ合わせたもので、独特の風味と香りがあります。
スパイスをミックスさせたものですが、辛いものはほとんど入っていません。カンボジアの人は伝統的に、あまり辛いものが好きではないからです(当店の物には二つトウガラシを入れさせていただきました。これで辛味を調節します)。このクルーンはこれまたカンボジアの名物料理、アモックにも入っています。
ノンバンチョックは魚のうま味がココナッツミルクとクルーンによく溶けあっていて、スープも飲み干してたくなります。 クイティウと同様に朝食として、また食事の締め、お祝いの席にも出されます。
嘘か?真か?ノンバンチョック起源説
このノンバンチョックには面白いお話が二つあります。
一つは何と麺料理カンボジア起源伝説です。麺料理について語れば避けては通れないのが中国ですが、何と中国に麺料理を伝えたのはカンボジア人だというお話です。
それによると、はるか昔のカンボジアにトンチェイという男がいて、彼は大変な実力者かつ人気者だったそうです。当時のカンボジアの王は自分の地位がトンチェイにおびやかされると思い、彼を中国に追放しました。
彼は中国で生計を立てるためノンバンチョック売りになりました。そしてノンバンチョックは中国でも人気を博して、中国の皇帝の耳にも届き、皇帝に振る舞うことになりました。
しかしトンチェイは宮廷で皇帝の顔を覗き見てしまいます。それは中国の皇帝への不敬とされていました。彼は牢屋に入れられてしまいますが、うまく立ち回ることで釈放され、無事に故郷に戻ることができました。
この伝説からカンボジアでは麺はカンボジア人が発明したと言っている人もいるくらいです。
この伝説が事実であったかは定かではありませんが、カンボジア人のノンバンチョックへの並々ならぬ自信がよく表れていますね。
ノンバンチョック文化遺産へ
もう一つの話は最近起きたノンバンチョックにまつわるお話です。
現在ノンバンチョックはユネスコ無形文化遺産への登録にチャレンジしています。
申請の背景には「国家の団結と連帯のためのクメールヌードル運動」というものがあります。これはカンボジアにおける与野党の対立から起きた運動でした。この際に会食として食べられたのが、ノンバンチョックだったのです。
カンボジアの国民食、カンボジアの代表的な料理ということで選ばれたのがノンバンチョックということで、これをカンボジア特有の無形文化遺産に登録しようという動きがでています。
もし、登録できたら一気に世界の名物料理の仲間入りになるかもしれませんね。
東南アジアの魚介スープ麺
このようにカンボジアにおいてスープ麺は人気があり親しまれてきました。しかし、その他の東南アジア諸国でもスープ麵は大人気です。今回はノンバンチョック同様、魚介のみで作ったスープ麵を二つご紹介します。
一つはミャンマーのモヒンガーです。主にナマズで出汁をとります。魚はそのまま煮込んで具にしてしまいます。米粉や豆粉を入れ、さらにゆで卵を入れてとろみのあるスープに仕上げます。
トロリとしたスープは濃厚そうですが味わいはやさしく、ノンバンチョック同様、朝食として屋台で提供されたりします。お好みでスパイス、レモンやライムをかけて味を調整します。
もう一つはラクサです。主にマレーシアやシンガポール、インドネシアで食べられています。このラクサを食べる国の特徴としてイスラム教徒が多いことが挙げられます。イスラム教徒は食のタブーとして豚肉が食べられません。そのため、ラクサは肉を使わず、魚介類、特にエビを使っているのが特徴です(ただしラクサのレシピは様々あり肉が使われているものもあります)。
ラクサはノンバンチョックと同様にココナッツミルクがふんだんに使われています。少し甘みすら感じるスープにピリッとした辛味とエビの風味が驚くほどマッチします。
鯛でとれる出汁をご存じですか?
日本で魚介のスープ麺と言えば、そば、そうめん、うどんのスープを想像すると思います。またラーメンでも魚介出汁を売りにしたものもありますね。
しかしそれ以外に日本には魚を使ったスープ麺があるということを発見してしまいました。
それは鯛そうめんという郷土料理です。その名の通り、鯛が出汁としても具としても入った麺です。
岡山県、広島県、愛媛県、など瀬戸内海に近い地域の郷土料理で、地域よってレシピは異なりそうめんの麺でさえ鯛の身を使ってつくることがあるそうです。
鯛からとれたスープ出汁は上品の一言に尽きます。それでいて、出汁はしっかりと味が出ていて鯛という魚の潜在能力を感じます。
スープに溶ける魚の味わいを愛して
日本やイスラム教の国のような文化的に肉食から遠ざかっていた地域で、魚介スープが親しまれていくのは合点がいきます。
一方、カンボジアでは肉食は禁じられていません。当然ながら肉で出汁をとったクイティウも人気です。しかし、カンボジアという国はメコン川からの恵み豊かな土地です。その豊富な魚がもたらしたカンボジアの料理文化において、やはり魚が使われることは当然のことと言えるでしょう。実際カンボジア人と日本人の魚の消費量は同じぐらいだという統計があります。
カンボジア人も日本人も食文化という形で自然に魚の味に慣れ親しんでいるのではと思います。
ノンバンチョックはきっと皆さま口に合うと思っています。ぜひお試しください。
変わり種としてノンバンチョック・ソムローカリー(カンボジアカレーソーメン)というものもございます。ノンバンチョックのココナッツと麵はそのままにスープはカレーに、魚は鶏肉になっています。魚の話をしておいてなんですがこれも結構「アリ」だと思います。
<参考文献>
上田広美、岡田知子『カンボジアを知るための62章』明石書店 2012年
Wikipedia:Num banhchok
Webサイト:Move to Cambodia, Khmer noodles: The story of num banh chok
Webサイト:The phnom penh post Ministries seeking heritage status for Num Banh Chok
『地球の歩き方D24 ミャンマー 2020~2021年版』ダイヤモンド社 ダイヤモンド・ビッグ社 2020年